(川口洋一) |
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川崎市は6月9日、市営地下鉄建設の是非を巡る市民1万人アンケートの結果を発表した。市全体の回収率は73.8%だっ たが、宮前、多摩、麻生区の平均回収率が80.8%であったのに対し、中原区、高津区の平均回収率は70.7%、川崎区と 幸区は66.5%と、市営地下鉄に対する関心の程度を示している。阿部市長は「条例があれば、住民投票で決める問題」 と話し、アンケートの重要性を強調していた。 結果はすでにご存知のように、市全体では「着工延期」の回答が最も高く、40.4%を占め、次いで「中止」の32.9%、 「建設推進」は15.8%だった。阿部市長はこの結果について「厳しい財政状況のもとで着工することについて、多くの 市民が懸念を表明したもの」また「延期には『いずれ着工すべきだ』という意思が入っている。読み方は難しい」と語 った。 そして、6月16日の市議会で「5年程度の着工延期」を表明した。さらに「『三位一体の改革』をめぐって地方分権改 革推進会議が、事実上補助金と交付税の削減を先行させる考え方を明らかにするなど、地方税財政制度改革の動きは中 長期にわたって市財政に大きな影響を与えかねない」と述べ、「財政状況の推移や制度改革の動向は先行き不透明で、 見極めるには一定の期間が必要と考える」と説明した。 この「アンケート結果」に対して、いろいろな市民グループの論評が新聞に取り上げられている。 川崎都市問題市民研究所の奥田久仁夫代表は「市民は極めて妥当な判断を下した。ニーズのない事業を進めてきた行 政、議会は反省してほしい」と話し、最高だった「着工延期」の意思は、必ずしも「着工」を前提としたものと解釈す べきではない、としている。 一方、地下鉄建設を目指して署名活動などをしてきた「新たな川崎うるおいのあるまちづくりの地下鉄建設推進委員 会」の松井隆一事務局長は「延期するにしても、建設着工に向けた財政の見通しを早い時期に立てるべきだ。地下鉄の 効果は沿線や駅周辺の地元だけでなく、市全体の活性化につながる」と話した。地下鉄建設の早期着工を求めていた川 崎商工会議所の佐藤朋佑会頭は「建設推進と延期を合わせると、5割以上の市民が何らかの形で着工すべきだという判 断を示した」と話していた。 また「市長の決断」については、奥田氏は、「3 年以内の延期なら問題だと思っていた。評価できる。その後の着工 についても市長が明確に表明しなかったのは、市民の意向を十分に判断した結果で妥当なものだ」と語った。市民グル ープの今井克樹さん(71)は「金ができたらまた、やりましょうでは意味はない、この延期の 5年間を抜本的な再検討 の機会にすべきだ」とのコメントを出した。 一方、「早期着工」を要請してきた川崎商工会議所の佐藤朋佑会頭は「5 年という延期は我々の期待に反するものだ。 着工が遅くなるほど、経済再生は遅れる。認可を受けた事業として、延ばせる許容範囲を逸脱している。行財政改革を やるというが、そのスピードや内容についても説明がなかった」と話した。 「1万人アンケート」の1ヶ月前に市議会議員選挙が行われ、地下鉄建設と行財政改革に対する市民の意見と意思が問わ れた。塚本さんの特段の尽力によって公開討論会が各区で行われ、地下鉄問題も当然ながら市民から質問がなされた。 私が参加した多摩区では、従来から着工推進を表明している自民党の候補予定者であっても「財政状況をにらみながら 進めていきたいと」調子を下げた言い回しをしていた。 その選挙で選ばれた市議会各会派のコメントを、朝日新聞6月17日朝刊は次のように伝えている。 「国との協議に耐えられる結論なのか。今後の推移を見守りたい」(自民)。「客観的な判断。国も市の判断を最大限 尊重すべき」(民主・市民連合)。「判断は妥当。財政を立て直し、早く着工できるように努力してほしい」(公明)。 「市民の意向に沿った判断。大規模事業を根本から見直すべき」(共産)。「改めて中止を求める」(神奈川ネット)。 紆余曲折はあったものの「川崎縦貫高速鉄道線整備事業」の意味を、再度考え直す5年という時間ができた。問題点を 整理しておこう。 T 市の収支計画 1. 建設費が巨額(新百合ヶ丘〜川崎間整備事業費総額:6,205億円)である。 2. 市の一般会計負担額は、借金で手当てするので、利子も含めて4,374億円。これを45年にわたって、税金で返済 していくことになる。 3. 交通局の企業債、元金2,082億円+利子1,044億円=3,126億円は運賃収入による返済を予定している。 4. 国庫補助金1,365億円を予定している。 少しお金に余裕のある優良企業は、まず借入金の返済を考えるというデフレの時代に、資金手当ての大部分を借金でま かなおうというインフレの時の発想で事業を進めることに無理があろう。 1万人アンケートで「着工延期」を選択した人の多くは、一般会計を長期にわたって圧迫する 2.の負担が行政サービ スの低下を招くことを懸念したものと考えられる。3.の企業債は運賃収入によって返済していくので、次の需要予測と 深くかかわってくる。 U 需要予測 これが問題。新百合ヶ丘〜川崎間が全線開通した後の1日当りの需要予測は、@交通局の見積もりで30万人、A地下鉄 研究会の学識者部会は「交通局の見積もりは、世界最高水準の四段階推定法を採用している」として、30万人±10%を、 B市民部会は交通局の予測から不自然なルートを取る旅客を取り除いて、20〜22万人と予測している。 学者部会が世界最高水準と太鼓判を押す、交通需要予測の四段階推定法は地下鉄をはじめ道路、空港建設といろいろな 場面で活躍しているのだが、その予測値は常に実際の需要を下回っている。測定装置や測定者が原因となっておこる測定 値の一定のズレを系統誤差という。四段階推定法の系統誤差が20〜30%あり、本当の値よりそれだけ大きく見積もってし まうとすれば、交通局の予測30万人×0.7=21万人は市民部会の需要予測に一致する。 「市政だより:かわさき」特別号の地下鉄整備事業の検証結果では、26万3千人としている。この予測値にして32年目に 累積赤字が解消するとしている。そして注記のCでは、「他都市においては、需要予測の結果と実際の乗車人員は相当な 幅で乖離していること」が書かれている。 V 横浜市営地下鉄との関係 横浜市営地下鉄3号線が、あざみ野から新百合ヶ丘までつながり、日吉からセンター北駅を通って中山へ行く現在工事 中の4号線が完成すれば、南武線に平行して小田急線と東急東横線を結ぶ路線ができあがる。川崎市営地下鉄はこの横浜 市営地下鉄 3・4号線と南武線の真中を平行して走ることになる。それらの間隔は2〜3kmしかない。たしかに鉄道不便地 域の解消になるので、人口の大幅な増加が見込まれるのであろうか。 郊外の家を売って都心の高層マンションに住み替 える流れの中で、3路線ともに赤字路線となり、便数の減少を招き、不便な鉄道路線になりかねない。 W 市営地下鉄に乗ってどこに行く 1万人アンケートでは通勤・通学、買い物等で一番良く行く目的地を一つ聞いている。川崎区では70.0%の人が川崎市 内を目的地にしており、東京23区内へ行く人は 14.9%である。それと対称的に宮前区では、川崎市内を目的地とする人 は42.7%であるのに対して、東京23区を目的地とする人が39.4%である。 地下鉄を利用するつもりのある人の割合は、川崎区が 14.0%で最も低く、区内の駅数が多い宮前区が38.6%と最も高 くなっている。 川崎市内を目的地とする移動には、歩いて近所にお買い物という自区内移動が主要な割合を占めているので、この2つ を合わせて考えると、この地下鉄は東急田園都市線、東横線あるいは小田急新宿線に乗り換えて、多摩川の対岸へそして 渋谷や新宿へ出かけていくために使われるのであろう。川崎市の拠点地域である新百合ヶ丘と元住吉、川崎を結びつける 大動脈になるとは思えない。交通が便利になれば、人が集まり街が栄えるとは限らない。三軒茶屋、渋谷、下北沢、新宿 へ行くのが便利になれば、地元の商業施設がますます寂れていくことになりはしないか。 以上簡単に問題点に触れてみた。川崎の街を活性化するためにこの地下鉄が本当に必要なのであろうか。人が南から北 へ、北から南へと忙しく往来すれば、活気ある街になるのか。そうではなく自分たちの家の近くに職場を持ち、通勤時間 を余暇活動に振り向けて、地域の同好の仲間と娯楽や芸能、芸術活動を盛り上げていく。そしてたまにはミューザ川崎シ ンフォニーホールで音楽を聞く、岡本太郎美術館に絵を見に行く、そんな生活を通して街を生き生きとさせることもでき るのではないか。 地下鉄問題をたんなる地下鉄の話としてでなく、川崎の街をどう創っていくかから考え直すためには 5年という時間は 短い。 |